家がいくら近所だからといっても、幼馴染だからといっても、やはり生活環境が変われば中々会う
ことなんて出来ない。
高校に入る前までは、違う学校だって今までと大して変わらないと楽観的に考えていたけど現実は
そう甘くはなかった。こんなことなら、もっと勉強しておけば良かったと少しだけ後悔の念が募る。
一護がいない世界で、今までどれだけ自分が一護を欲していたかがよく判った。
それでも自分から会いに行くのは、我慢をしていた。
なんかそれは新しい環境に負けて、一護に逃げる弱い自分を認めてしまうような気がしたから……。




でも、そろそろいいでしょ?

もう会わなくなって2ヶ月以上も経ったよ。

あたし、今すごく一護に会いたいよ。




電車を降りて、改札口を抜けるとすぐにあたしは走り出した。
途中で少し息苦しくなったけど、一護に会えると思うだけで、胸の動悸も足の疲れも全然気になら
ない。
春の風を切る感覚が、道端の金木犀の香りが、降り注ぐオレンジ色の夕日がとても気持ち良かった。
頭の中は、一護に会ったら何を話そうかということでいっぱいで、
一心さんは元気かとか、部活は入ったのかとか、夏休みの予定は、とか。
そんなことを考えていたら、偶然にも、河川敷に差し掛かった所で、新しい制服に身を包んだ幼馴染
の姿を発見して、あたしは思わず足を止めた。

彼の周りには、彼と同じ制服を着たあたしの知らない人ばかりで、
その中で一護は、とても楽しそうに笑っていた。




「おう、!」





その場に立ち尽くしているあたしの姿に気付いた一護。
ずっと会いたかった幼馴染の笑顔。一護のあたしの名前を呼ぶ声。



あれ?可笑しいな……。ちっとも……。




「久しぶりだな。今、帰りか?」


「……う、うん」




嬉しくな、い……?





「元気ないのか?」





あたしの変な態度を見て、心配そうにそう聞いてきた一護に対し、そんなことないよ元気元気、と
あたしは笑って誤魔化した。
後ろでは新しい友達らしき人達が、この子ダレー?と騒ぎ始め、一護は彼らに、あたしのことを昔
からの友達だ、と紹介した。




「クラスの友達?」

「ああ、煩くてごめんな」

「煩いってひどくなーい?」

「啓吾、お前はホントに黙れ」





啓吾と呼ばれた男の子は、一護にぼかっと頭を殴られたのに、それでも嬉しそうにへらへらして初
めましてとあたしに挨拶をした。
その男の子を皮切りに、みんなが一斉にあたしに向かって挨拶をしてくる。
まだ出逢って間もないはずなのに、こんなにも仲の良さそうな一護たちが羨ましいと感じた。



そんな中、周りから一テンポ遅れてあたしに挨拶をした女の子がいた。





「は、初めましてっ!」





そう言って、深々とお辞儀をした後に顔をあげた彼女は笑顔が似合う可愛らしい女の子だった。
あたしも、初めましてと挨拶をすると、彼女はとても愛らしく笑った。
風になびく綺麗な髪も、透明な白い肌も、少し頼りなさげな表情も彼女を形成するものすべて完璧
に見えて、ただ純粋に、天使みたいだな、って思った。









「そーいやァ、新しい学校どうだ?」

「ちょー楽しいよ!」

「そっか」

「一護から離れられて清々してるしね」


いつものように可愛げのない一言を付け足すと、一護は、なんだよその言い方、と言ってあたしの
頭を優しく小突いた。
そのやりとりは、昔のあたし達に戻ったみたいで嬉しかったけど、何だか少し変な感じだった。


あたしは孤独を感じていたんだ。



みんなが知り合いの中で、あたしだけ異質なんだ。
もし、あの時受験に失敗しなければ、あたしだってこの人達と一緒に楽しく笑いあえていたのかな
、なんて思ったら少し寂しくなった。

後悔したって仕方のないことなんだけど……。

知らない声、知らない話、知らない笑顔。

早く、この場からいなくなりたいと思った……。




「じゃ、じゃああたし急いでるから!」

「お、おう!たまには連絡しろよ!おばさんに宜しくな」

うん、っと元気よく返事をして、あたしは再び走り出す。




新しい学校を楽しいと言った自分に正直驚いた。


一護に対して初めて吐いた、嘘。

ホントは楽しくなんかないんだよ。

一護がいなくて楽しいはずなんてないんだよ。

新しい環境にもう馴染んで、自分の道をしっかりと歩もうとしてる一護を目の当たりにしたら、今
までの自分が恥ずかしくなった。



後ろを向いてうじうじしてたのは、あたしだけだったんだ……。



肌に触れる生暖かい風がとても気持ち悪かった。
胸が苦しい。息が苦しい。
でもきっと、これは、走ってるからだよ、ね?
















02.初めて感じた君との距離
胸の微かな痛みには、気付かないふりをした




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(070613)


photo by 塵抹