誰もいない放課後の教室。

あたしは孤独じゃないはずなのに、如何しようもないくらい孤独だった。


貴方は何も分かっていない……。








solitary







夕陽色に染まった其処はしんと静まり返っていて、時折校庭から知らない誰かの楽しそうな声が
聞こえた。最近、変な胸騒ぎが止まらない。あたしは自分の席について図書館から借りてきた文
庫の文字を目で追っていた。ただ、目で追うだけ。内容なんか頭に入ってこない。頭の中にある
のは、もうすぐ此処に来るであろう彼のこと。




「悪ぃ、待たせたな。」


「ううん、そんな待ってないよ。本読んでたし。」




武と一緒に帰るのはとても久しぶりな気がした。全然そんなことはないはずなのに、そう感じた。
あたしは文庫本を閉じて鞄に詰め込み、席を立つ。目の前の武は頭にぐるぐる巻いた包帯と顔や首に
貼られた絆創膏によって酷く痛々しく見えた。右目も覆われちゃってるもんだから、あたしのた
まらなく好きな彼の笑顔も顔半分しか拝めなかった。





「それ、どうしたの?」





あたしが頭の包帯を指差して尋ねると、武は怪我した所を摩りながら「だから、階段でコケたっ
て言ったろ?」と言って笑った。見え透いた嘘。階段でそんな怪我、するわけないじゃない。






「本当のこと、教えてよ。」
「あー、実は相撲大会でさ。」
「……嘘。」
「嘘じゃねーよ。って、そんな顔すんなって。」






そう言ってから、武は困ったようにまた笑った。あたしは武の目をしばらく凝視した後に、
ゆっくりと目線を下げて、俯いた。「どうかしたか?」と武の泣きたくなるほど優しい声が上か
ら降ってきて、居ても立っても居られなくなったあたしはぎゅっと武に抱きついた。武の胸に顔
を押し付け目を閉じると、世界は真っ暗になった。橙色の世界から、真っ暗な闇の世界。





「……?」





武が沢田くん達といる時間が増えた分と比例して、あたしと過ごす時間は少なくなった。そりゃ
あ、あたしにだって友達はいるし、ずっと二人でいるわけにはいかないのは分かってる。武が沢
田くんや獄寺くんと楽しそうにしているのを見ていてあたしだって嬉しかった。だけど……。





「何か武、最近変だよ。」





胸騒ぎがし始めたのは、夏休みが終わってから。並盛中の人達が襲われる事件があった時、あた
し見ちゃったんだ。


「あたしに隠してること、あるよ……ね?」






走って学校を出た武を追いかけて、声を掛けようと思った時。

すごい爆発音の中で、血塗れの獄寺くんと黒曜中の人。動けなくなっていた獄寺くんを庇おうと
した沢田くんを助けに入っていった武の姿を…。


あたしは、見てしまったんだ。


散らばったガラスの破片。地面に広がる赤黒い血。傷を負って倒れている意識のない獄寺くん。

その光景はとても惨くて。あたしが今まで生きてきた道では一生見ることのないような世界で。

あたしは、足が竦んでその場にへなへなと座り込んだ。当然、声なんて掛けられなかった。







「本当のことが……、知り、たいの。」








あの事件の後から、武は怪我が多くなった。今回だってそう。こんなにも傷ついている武を見る
のは辛い。好きだから。武が好きだから、知りたい。何も知らないなんて、すごく辛いんだ…。
じわっと目頭が熱くなって、武のワイシャツをゆっくりと濡らす。「心配すんなって」武は短くそう
言って、あたしを抱きしめる腕の力を少し、強めた。




「……。」



「おーい。、聞こえてるか?」






こくりと頷くと、武は右手をあたしの頭の上に置いて、幼い子供にやるようにぽんぽんっと優し
く叩き、それからまた小さく「心配すんな」と呟いた。
今こんなにも武はあたしの傍にいて、彼の声は甘くあたしの耳に届き、彼の体温は心地よくあた
しに伝わり、彼の腕はあたしを強く抱きしめてるはずなのに、あたしはとても孤独だった。

下校を促す最後のチャイムが遠くの方で響く。

こんなにも近くにいるのに、本当は如何しようもないくらい武はあたしの遠くにいた。








……貴方は何も分かっていない。

あたしを大事にしようとする貴方の優しさが、逆に酷く、あたしを傷つけていることを。

































(13巻あたり。 20070517)