わたしに出来ることは何もない。

それでも……。

無力なわたしは、今日も願う。









空虚な仮定







「来んなよ」



息を整えて、なるべく、
なるべく音を立てずにそっとドアを開いたはずだったのに、わたしの努力も空しく、古い木製のド
アはギーっという重たい音を真っ暗な部屋中に響かせた。





「……でも」





やっと見つけたのだ。簡単に引き下がるわけにはいかなかった。
食堂も、図書館も、屋根裏部屋だって。
いっぱいいっぱい探し回ってやっと見つけたのだ。
その震える後ろ姿を。






「部屋に戻れよッ!」

「いやよ!」





スカートの裾をきゅっと握って、わたしは部屋の奥で縮こまっている男の子の後ろ姿をじっと見つ
めていた。

このまま一人で放っておいたら、夜の闇が彼を奪っていってしまいそうな気がしたから、

どんなに怒鳴られたってわたしは……









「傍にいさせて」

「寝る時間だろ。帰れよ……」

「メロだってそうじゃない。メロが戻るまでわたし、」

……」

「帰らない」

「……勝手にしろ」








それ以上、メロは何も言わなかった。

わたしはメロから少し離れた所にぺたんと座り込み、壁に頭を預けてぼんやり彼を眺める。

彼の周りに散らばる無残に破られた紙と小刻みに震える肩とぎゅっと閉じられた両手が、非道く痛
々しくて、わたしは隣に寄り添うことが出来なかった。

本当は後ろから抱きしめて、何か気の利いた言葉でもかけてあげたいのだけれど、わたしには彼が
欲しい言葉も何も思い浮かばなくて、ただただ同じ空間にいることだけが精一杯だった。






テストの後のメロはいつもこうだった。
如何しても彼は一番になれないのだ。

でもわたしはどれだけメロが努力していたか知っていた。


みんなが寝静まった夜も本を開き続ける彼の姿を

どんなにマメが出来たってペンを握り続ける彼の手を



わたしは、知っていた。



だからこそ、わたしがどこかで覚えてきたような陳腐な慰めの言葉なんかじゃ、逆に彼を傷つけて
しまうことも判っていた。


わたしには、メロにしてあげられることは何もない。
無力な自分に腹が立つ。




如何してわたしは……如何してわたしは何もしてあげられない?






もしわたしが風だったならば、メロの頬を伝う雫をそっと乾かしてあげることが出来るのに

もしわたしが光だったならば、この真っ暗な部屋でメロを闇から守り、優しく照らしてあげること
が出来るのに


何故わたしは、わたしに生まれてきてしまったのだろう?

彼の涙を拭うことも、彼を優しく包み込むことも出来ない。


もしもわたしが、もしもわたしが……。


非道く虚しい仮定の話は無限に続く。














ねぇ、メロ。

もしわたしが神様だったら、あなたは死なずに済んだのかしら。
もしもわたしが神様ならば、こんな世界にあなたを連れてきやしなかった。






「メロ、答えてよ―――ッ!」






真っ白になったあなたの残骸は、触れても冷たくて、

少しでも力を入れると、脆く、砕けた。


あの時触れていれば、あなたは、まだ暖かいままだったのよね。









ねぇメロ。

今は何処で泣いているの?其処から何が見える?

わたしがまた探しに行ったら、あなたはあの時のように、来んなよとわたしを叱る?




















わたしが少し目を離した隙に、闇がメロを連れ去った。


ねぇ、わたしに出来ることは、本当に何もなかったの?





































(捏造メロさん。 070616)



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