結局、一睡もできなかった。




ベッドに入って目を瞑っても、一向にあたしの中に眠りは訪れない。
今日も昨日も一昨日も、
ずっとずっとこんな日が続いている。


あたしは眠り方を忘れてしまったのであろうか。

夢を見るのが怖いのか。

はたまた、眠ってしまい、意識のなくなる時間が惜しいのか。


原因はよく判らない。



……いや、本当は判っている。ただ、自分の気持ちに気付きたくないだけ。








薄いカーテンから透ける光が、部屋に朝の訪れを伝えていた。
一人では大きすぎるがらんとしたベッドから抜け出し、フローリングに足をつけると冬の冷気でぶるっと体が震えた。
枕もとに置いていたカーディガンを羽織り、キッチンに向かう。


また新しい一日が始まってしまった。








テーブルの上はまだあの日のままだ。

一輪挿しの透明な花瓶に、陽気な絵が描かれたどこかのBARのマッチ、アルミの灰皿。
そして、乱暴にノートから引き剥がされた一枚の紙。


その紙を手に取り、綴られた文字を目で追う。
この行為をするのはもう何度目だろう。






「……下手な字」






行ってくる、と一言、彼の少し癖のある字。
その下にはと書かれた似ても似つかないあたしの似顔絵。
彼に描かれたあたしはとびっきりの笑顔で、横には”I love you”と綴られている。
これじゃ貴方があたしを愛してるって言いたいのか、あたしが貴方を愛してるって言いたいのか判らないじゃない。






「ほんとバカ」






初めてこれを目にした朝は、さよならも言わずに出て行ったマットへの怒りが募って。
次に目を通した朝は、彼がいないという寂しさがゆるやかに体中を侵食した。
そして今ではもう、この紙を手にするたびに下手な文字にも絵にもただただ愛しさだけが浮かんで、微笑んでしまう自分がいる。




変わりたくないのに、変わってゆく自分。変わってゆく気持ち。
あたしは、明日がくるのを拒む。
夢に貴方が出てくるのが嫌。





だって、貴方が思い出になるのが怖い。


















明日への抵抗






眠らなくたって朝はきてしまう。
また、彼のいない新しい一日が始まった。
いつかはこの異常な日々にあたしは慣れてしまうのだろうか。
そうなるのがとても、怖い。













(マットさん。070721)