不器用な二人
A slight change --微かな異変--
最近のイヅルはなんかちょっと、変だ。
いや、違うか。イヅルが変なのは今に始まったことじゃない。
昔から変わった人ではあったけど、最近は変に拍車がかかった感じ。
一緒にいてもなんだかそわそわしているし、口数が減った気もするし。
「それでね、イヅル。それって、七緒さんが言うにはね」
「……」
「ちょっと!イヅル?」
「えっ?あっ、あっ、ごめんっ!何?」
第一、人の話を聞いてない。
イヅルのくせに生意気だ。
Daily life to change --変化する日常--
最近のはなんかちょっと、変だ。
いや、違うな。が変なのは今に始まったことじゃない。
昔から僕の中では周りの女の子とは少し違っていたけれど、最近はもっと特別な存在になってきた。
一緒にいると心が落ち着かなくなるし、にどう接したらいいのかわからなくなった。
「わたしの話、聞いてなかったでしょ」
「ごめん…」
「もういいよ。イヅルのばか」
話を聞いていなかったわけじゃない。ただ、一生懸命僕に話をしてくれる君の姿に見惚れていただ
け。怒った顔も可愛いな、だなんて。抱きしめたい、君に触れたいと思うだなんてどうかしている。
今までこれっぽっちもそう思ったことなんてなかったのに。
あれ?もしかすると変なのはのほうじゃなくて、僕のほうなのかもしれない。
I lost the next to him --失った特等席--
さっき、イヅルを見かけた。
お昼休みの廊下で同じ隊の女の子と楽しそうに話をしていた。
その柔らかい笑顔はいま、わたしではなく彼女に向けられている。
わたしといる時よりも数倍ものびのびと微笑むイヅルを見て、ぎゅっと心が疼いた。
あの笑顔は、前まではわたしのものだったのに……。
最近のイヅルは、あーとかうーとか変な声を出しながらまるで誰にも解けないパズルをしているよ
うな難しい顔をわたしに向ける。
以前より笑わなくなったし、しゃべらなくなった。
なんでだろう。どうしてだろう。
もしかしたら、なにかイヅルの気に障るようなことを言ってしまったのかもしれない。
もしかしたら、嫌われてしまったのかもしれない。
あの子の前では、そんな顔するんだ。
急に、鼻の奥がつーんとして、息苦しくなった。
違う違うちがう。イヅルに優しくされなくて悲しくて泣きそうなわけじゃない。悔しいだけだ。
イヅルのくせにわたしにこんな思いをさせて、生意気だ。
このままじゃ本当に涙が出そうだったので、思いっきり鼻をすすった。
静かな部屋に想像以上にずずずっと大きな音が響き渡り、隣のデスクの同僚がこちらを向いて笑った。
こんな恥ずかしい思いをしたのも、すべて。
イヅルのせいだ。ばか。
Thought to her --君への想い--
僕は、気付いてしまった。への気持ちに。
彼女のことを考えるたびに体が熱をおびる。ああ、これはきっと恋、なのだ。
君のことが好きだ。そう一度気が付けば、坂道を転がるように僕の心は簡単に落ちていった。
この気持ちを君に伝えたいと思えば思うほど、言葉は宙を舞い、空回る。
受け入れてもらえなかったらどうするのだ?もう一人の僕が囁く。がいくらか僕に好意を抱い
ていてくれていることは確かだ。僕がそんな確信を持てるほど、僕らはそれほど長い間一緒に時間
を過ごした。けれど、が僕に向ける好意と僕がに向ける好意の種類はきっと違う。
もし、受け入れてもらえなかったら。今までの関係を続けられるのだろうか?
僕らの日常が終わってしまうのではないだろうか。僕はこの気持ちを隠すべきなのか。
伝えたいけれど、恐い。伝えられない。
君に会うたびに、うまく言葉が出てこない。そのたびに君は悲しそうな顔をする。
違う、違うんだ。そんな顔、させたいわけじゃないのに。
わかっている。わかっているけど僕はいつだって、臆病だ。
そんな自分に嫌気がさす。
A perverse person --天邪鬼な気持ち--
イヅルを避けるようになってから数日が過ぎた。
なるべく顔を合わせないようにしても、仕事場では時たま遭遇してしまう。すれ違っても、挨拶程
度だ。それも、お互いに不自然な挨拶。なんでこんな風になっちゃったんだろう。
本当はこんなにも会いたくて、気付けば遠くにいるイヅルを目で追ってしまうのに。きっと面と向
かってしまったらわたしは可愛くない態度をとってしまいそうだから。
どうしたらいいのかわからない。イヅルの気持ちがわからない。自分の気持ちがわからない。
大事にしたいはずなのに。優しくしたいはずなのに。
大事にできない。優しくできない。イヅルのことになるとなぜ、わたしはこんなにも不器用になっ
てしまうのだろう。
会いたくない、顔を合わせたくないと思っておきながらも、こうやってイヅルがあの道を通るのを
待っている。
あと30分もすれば、仕事帰りのイヅルがそこを通るはずなのだ。あんなにずっと一緒にいたんだ
もの。イヅルのことは誰よりも分かっているつもりだ。
ううん、わかっていたつもりだ。
壁にもたれかかり、地面に座り込む。
空は、眠気を誘うぐらい嫌味なほどに晴れているけど、わたしの心は曇り空だ。
A certain fine day --ある晴れた日のこと--
よく晴れた日の午後、宿舎の裏手でを見つけた。
一歩ずつ彼女に近づくたびに、とくん、とくんと心臓は存在を主張し始めた。僕はしゃがみ込んで
、壁にもたれかかっている彼女の顔を覗き込む。
久しぶりに間近で見た彼女は、夢の中での彼女よりも数倍も愛らしかった。なんて気障なこと考え
ている僕は少し、恋に酔っているのかもしれない。
そっと君の髪に触れる。
会いたかった。触れたかった。抱きしめたかった。
「好きだ、」
君への想いが溢れ出し、不意に言葉が零れ落ちる。
この気持ちを君に伝えられたら。僕にもう少しの勇気があれば。この気持ちが君に伝われば、どん
なに幸せだろうか。
けれども僕はあいにく、
「好きだよ、」
寝ている君にそっと呟く勇気しか持ち合わせていないんだ。
It is all his fault --全ては君のせいだから--
心臓が、止まるかと思った。
遠くにイヅルの姿が見えて、こちらを振り向きそうになったから慌てて目を閉じて。
それから、それから……。
彼は、好きだ、と言った。誰を?わたしを?
確かに彼の声はその後でわたしの名前をはっきりと紡いだ。
呼吸を忘れた心臓は、再び多くの酸素を取り込もうと活動を始める。
体中を張り詰めていた糸がぶつりと切れて、目を開けた瞬間にぼろぼろと涙が零れ落ちた。
急に駄々をこねる幼子のように声をあげて泣き出したわたしを見て、イヅルはとても驚いた様子だ
った。わたしだって、正直驚いている。泣くはずじゃなかった。
なのに涙が次から次へと出てきて止まらないのだ。こんなはずじゃなかったのに。
たぶんわたしはこれから数分後にすごい顔とすごい声でイヅルに向かってわたしも好きだと告げる
だろう。意地っ張りなわたしの一世一代の貴重な告白はそんな風に幕を閉じるだろうけど、わたし
が今泣きじゃくってぐしゃぐしゃな顔をしてるのも、鼻水でうまくしゃべれないのも全てはイヅル
のせいだ。
なんだか無性に腹がたってきたので、この際涙と鼻水はイヅルの服で拭いてやる。自業自得だ。イ
ヅルのせいだ。ぜんぶぜんぶイヅルのせい。
だってほら、こんなに幸せなのもすべて。ぜんぶぜんぶイヅルのせい、なんだから。
(080528 若干ばかっぷる)