ただ、それだけ









「ただいまー」



玄関で靴を脱ぎながら、奥の部屋にいるであろう君に声をかける。
ただいま、なんて口にしたのはいつぶりだろうか。
帰ってくる部屋に誰かがいる。僕を待っている。
そう考えただけで嬉しくなって、いつもより声が大きくなって。
いつもより声のトーンまであがってしまった。


自分の心がわかりやすいほどに浮かれていることがわかって、僕は少し苦笑した。
部屋で待っていてくれる人がくんだから、っていうわけではないんだ。
けっして、そういうわけではないんだ。
だって、ほら、家族と暮らしている君は、真っ暗な家に一人で帰る寂しさを知らないだろう?
それはもう、想像を絶するくらい寂しいものなんだ。





「ごめん、ごめん。お待た……」






奥の部屋のドアを開けてすぐに口を閉じたのは、君の姿を見つけたから。



(寝ちゃってる……)





やりかけの書類と、茶色のこたつと、すやすや眠る君。
いつもは味気ないこの部屋が、君がいるってだけでこんなにも息づいて見えるのは僕の気のせいだろうか。

こたつの上に無造作に置かれた書類を抱え込むようにしてうつ伏せになっている君を見て、起きたら顔に
跡がついてしまうんだろうなーとか、そんな自分の顔を見て君が焦る姿が容易に想像できて。
思わず頬が緩んだ。外から帰ってきたばっかりで、顔も足も指先だってこんなにも冷たいのに、心はぽか
ぽかと暖かかった。




今年も残りわずかなこの季節。僕とくんが配属されている三番隊は恐ろしいぐらいに忙しくなる。
まあほとんどが、自由奔放な隊長のおかげなんだけれど。
普段仕事をやらないつけが、一気にこの時期にやってくるのだ。


今年は今まで以上にまだまだ仕事が残っていて、僕らは残業どころか休日まで返上して仕事を片付けるこ
とになった。
今週までに終わらせたかった仕事が結局終わらなくて、もし良かったら明日僕の家で残りを一緒にやらな
いか?そう声をかけたのが昨日の夜。

ご、誤解はしないでくれるかい。別に下心があったわけじゃない。
ほら、二人でやった方が仕事だって早く終わるじゃないか。
僕はただ、仕事の効率性を考慮しただけであって……。
くんが僕の家に来る、とか。二人きりで仕事ができる、とか。
そんなことは、微塵も、これっぽっちも考えたりしなかった。
そりゃあ、くんが「いいですよ」と言ってくれた時、僕の心は自分でも飽きれるほどに舞い上がった
けど。だからといってどうこうできるわけじゃないし。僕らは仕事上での関係だけだし…。





(って、あー!!!!僕は何を一人で考えているんだ!)





ふるふると頭を振って、なんとか邪念を払いのける。
とりあえず買い物袋を置いて、くんの肩に毛布をかけてやった。
まあそんなこんなで僕らは朝から仕事を片付けていたわけで。
途中休憩をしようということになり、ちょうど切らしていたお茶を買いに出かけて帰ってきたら、寝てい
る君を見つけたわけで。

普段はあまり見ることのできない無防備な姿に向かって、襲っちゃいますよー、なんて本当は絶対にでき
やしないことを小声で呟く自分に再び苦笑した。





「いつもご苦労様」





少しずり落ちた毛布をもう一度しっかりと君の肩に乗せる。
偶然に触れた毛布越しの君の背中からくんのゆったりとした呼吸のリズムが聞こえてきて、僕は少し
だけどきどきした。
深呼吸して、火照った頬に冷たい手のひらをあてる。
それから部屋の電気を消して、僕は一人キッチンへと向かった。

最近はずっと残業続きだったしね。
僕らの隊のためにいつも頑張ってくれている君へ感謝の気持ちでもこめて夕飯をご馳走しようか。
僕と付き合えば毎日こんなにおいしい料理が食べられるよ。とか、アピールしたいなんてそんな邪まな考
えはまったくない。

本当にそんなんじゃない。

ただ僕の作った料理を食べて、おいしい顔をしてくれたらって。君の笑顔が見れたらいいなって。

ほら、おいしい物を食べると幸せそうな顔になるってよく言うじゃないか。


そう、ただ。


君の笑顔を見たいなって思うから。それだけなんだ。


































(そう、ほら、ただの…職権乱用。20071220)