「ほんとにほんとに奇跡に近いの!」
「そうだね」
「ねっ、それってすごいことだと思わない?」
イヅルはもう一度、そうだねと口に出し、わたしの髪をゆっくりと撫でた。

「うそ。ぜんっぜん分かってないでしょ?」
「そんなことないよ」

ううん、イヅルはあまり分かってないと思う。








limit





青々とした木々たちが次々と赤や茶に色づき始めるこの季節。
昼間は涼しいと心地よく感じる風も、夜になれば肌を突き刺すような寒さに変わった。
ベッドに潜り込み、体温を奪われた足先をイヅルの足に絡ませる。
じんわりとイヅルの温度があたしの体に伝わるこの瞬間にわたしの心はたまらなく満ち足りる。
わたしの指先も足先もすっかり冷たくなっているというのに、イヅルの体はいつもこんなにも暖かい。
これはもう、イヅルがわたしを暖めるために生まれてきたと言って間違いない。いつかの冬にそんなこ
とを言ったら、じゃあは僕に暖められるために生まれてきたんだね、と言ってイヅルは笑った。




「ねえ、イヅル」
「何だい?」
「今わたしすっごくしあわせ」
「それはよかった」




彼の見た目よりもずっとしっかりした逞しい右腕がわたしの首にまわり、彼はそっと私の髪にキスを落
とした。
絡ませていた足がもっとぎゅっとわたしを包み込み、体中がイヅルでいっぱいになる。

ああ、どうしようもないくらいイヅルが好きだ。そう実感する。

この果てしなくなるような広い世界でわたし達は偶然出会い、お互いを知り、何万、何億と男と女がい
る中でわたしはイヅルを、イヅルはわたしを選んだのだ。
想像がつかないほどの膨大な時間軸の中で、わたし達はこの時代に生まれ、この時間を生きている。同
じ時間を共有して、話をして、恋をして、キスをして、抱きしめあう。

これって奇跡だ。すごいすごい奇跡なのだ、とわたしは思う。
もしあの時、わたしがあの道を選んでいなければ。もしいつかの時、イヅルが違う選択肢を選んでいれ
ば、わたし達は出会うことすらしていなかったかもしれない。少しでも何かがずれていたら、わたしは
イヅルという存在を知ることなく、この世界を生きて、死んでいったのかもしれない。そう考えるとひ
どく恐ろしい気持ちになる。それほど、今のわたしにとってイヅルの存在は大きいのだ。





「イヅルは、今ここにいる」
「うん、いるよ」
「わたしも今ここにいる」
「うん、もここにいる」
「やっぱりそれってすごい奇跡だと思わないかね、イヅル君」





よく分からないなあ、そう呟いてクスクス笑う声が耳のすぐ近くで聞こえる。やっぱり分かってなかっ
たじゃない。そう怒りたかったのに、耳に届くイヅルの声があったかくて、くすぐったくて、わたしも
一緒に笑ってしまった。


あなたがいて、わたしがいる。それっていくつもの偶然が重なり合った奇跡なのだ。わたしはせっかく
手に入れたこの奇跡を存分に大事にしたい。いっぱいいっぱい大切にしたい。限りある時間の中で、目
一杯一緒に笑って、泣いて、怒って。好きなものをたくさん伝えたい。楽しいことをたくさん教えてあ
げたい。そして出会った奇跡に感謝をするんだ。

だからそう、イヅルも早くそのことにきちんと気付くべきなのだ。だって、永遠なんてなくて。わたし
達に残っている時間は限られているんだから。こうしている間にも時計は針を進めてしまうんだから。






「ずっとずっとここにいてくれる?」
「ずっとは無理だなぁ。明日も仕事だし。だって仕事じゃないか」
「そういう意味じゃなくて!ずっとわたしの傍にいてくれるのって聞いたの!」
「あはは、そういう意味でか」
「そういう意味でよ」
「当たり前じゃないか。いつまでも傍にいる。約束するよ」





ずっとやいつまでもなんて本当はないのに。そんな言葉に意味なんてないのに、それでも彼の言葉に安
堵する。イヅルの言葉は、体温は、まるで魔法の呪文みたいだ。





「いつまでも、僕はの傍にいるよ」




あなたがいれば、朝が来るのだって恐くない。
途中下車のできない時の列車は、わたし達を乗せていつかの別れの時まで運んでいってしまうけど。い
つかの遠い未来に怯えるよりも、次にくるイヅルとの明日を考える。
昨日よりも、今日。今日よりも明日。もっともっと二人で笑おう。奇跡に感謝しよう。
































(いづるんるん 071022)