いつでもそう、本当に大事なものは無くしてから気付くんだ。

自分で思っていた以上に、あたしは強くなんてなくて。
自分で思っていた以上に、まだアイツのことが忘れられない。








rain drop







外はしとしとと静かに雨が降っている。

ガランとした味気のない部屋。

窓ガラスは室内と外との気温の差の所為で曇り始めていた。





仮面の軍勢が黒崎一護と接触したって噂を耳にした。
黒崎一護といえば、この間尸魂界を騒がした人だっけ?

ということは、アイツは今現世にいるんだ……。






こんな日に一人で家にいると思い出してしまうんだ。

すぐに忘れられると思っていたのに……。

自分から別々の道を歩むことを選んだのに、馬鹿みたいだ。
















最後のあの日も、今日みたいな雨の日で……。
真子はベッドに腰掛けて、シャツのボタンを留めていた。




「ひよ里と喧嘩しないようにね」

「おう」


そんな真子に近づいて、あたしは真子の首にネクタイをそっと掛けた。



「無茶は、しないでね」

「……、ホンマに一緒に来んのやな?」

「もう、本当にしつこい男」



ネクタイをゆっくりと結ぶ。
こうやって真子にネクタイをしてあげるのも、今日で最後なんだと思うとほんの少しだけ悲しくなった。





「行かない。だってあたしはヴァイザードになりたいと思わないし」


ううん、あたしは真子達と違ってヴァイザードにはなれないから。


真子がヴァイザードとして生きていくって決めたように、
あたしは死神として生きていくって決めたんだ。





「そうか」

「何よ、その顔。あたし、真子がいなくたって生きていけるの」

「……。」

「男になんか依存しないって決めてるの。あたし、強いし」






ねぇ、そんな顔しないでよ。

あたしは強いの。貴方と離れるって決めたのに……。

決心が、揺らぐじゃない。






「自分でヴァイザードになるって決意したんでしょ?お互い、違う道で頑張ろう、ねっ?」







そう言った直後、真子の腕があたしの背中に伸びて。

真子はあたしの身体を強く、強く抱きしめた。








「オレが一緒に来てくれって頼んでも…」







「ストップ。本当にしつこい男……。真子はエッチの時もしつこいよね」






「最後の言葉は余計や……」








雨の音と真子の心臓の音が交じり合ってあたしの耳に心地よく響く。








真子の腕に包まれながら、あたしがクスクスと笑い出すと、

真子は両腕の力を緩めて、“ホンマに強情な女やな”と笑った。



「今頃気付いたの?」








顔を上げると、真子の唇があたしのそれに重なって。







「……。」





あたしたちは、最後の口付けを交わしたんだった……。














「ちょうどあそこに、座ってた……」


真子がいた場所に視線をやる。

一緒に買いに行ったベージュのベッドカバー。

中々いいのが見つからなくてずっと探し回ったからさんざん文句を言われたんだっけ。




「あっ、止まってる」


ベッド横にあった目覚まし時計の針が止まっていた。


あれは朝が苦手な真子のために……。









ああ、ダメだ。





ねぇ、この部屋には思い出がありすぎて。

真子の影が今も頭にちらつくの……。

ついていかないと決めたのはあたしだけれど。

忘れられると思っていたのに。








「こんなにも……」


まだあたしの中には真子がいて。

こんなにもまだ、まだ、まだ好きなんだ……。










窓ガラスを伝って落ちてゆく水滴が、すっと真っ直ぐに流れ落ちた。



いつもそう、無くしてから気付くんだ。


後ろを振り返ったって仕方がないし、前へ進むしかないのだけれど。


真子との過去はいくら手を伸ばしても届かない星のように


いつまでもあたしの中でどうしようもないくらい輝いているんだ。



本当に、どうしようもないくらい……。








































(またもや似非平子くん; 20070415)


photo by RainDrop