「ほら、ボクの言った通りやったやん」





コツ、コツとタイルの床をゆっくりと鳴らしながら、男はうずくまるわたしの前に現れた。




「愚かやね、キミも」





暗く冷たい無機質な部屋に男の至極愉快そうな声が響く。
煩い。黙って。
お願いだから黙って。
いまはあなたの声を聞きたくない。



「いややなぁ、いつまでそうしとるん?」




あなたがにくい。
どうしようもないぐらい、
あなたがにくい。





「見てもうたんやろ?」
「……やめて」
「キミの愛したあの男が、」
「やめてっ!」
「キミを裏切る、その瞬間を」
「ちがっ」
「何が違うん?寝てたやん、よりにもよってキミが忌み嫌うあの女と」
「……」
「ねえ、何が違うん?」






どんなに耳を塞いだって、
どんなにやめてと請うたところで、
それはまったくの無意味な抵抗だった。

吐き気がするほど不愉快なその声は、けっきょくはわたしの中まで届き
逃げ出したいような真実はことばとなって、現実のものなのだとわたしに再確認をさせる。

男はしゃがみ込み、わたしの顎をくっと持ち上げてから涙で頬にへばり付いた髪のひとつひとつを丁寧
によけた。





「あーあ。こないになってもうて。ほんまに、愚かやなあ」





わたしの顔をまじまじと覗き込む男を睨み付けると、男は楽しそうにクスクスと笑った。




「やけどボク、キミのそんな表情もたまらなく好きや」




にくい。あなたがにくい。

すべてが、この男の忠告通りとなった。
男のことばを受け止めなかったわたしが愚かだったというの?
信じたくなかった。だってわたしは信じていたから。彼を、信じていたから。

なぜあなたはそうやってわたしの不幸を嘲るの?

何もかもすべて知っているようなその瞳が、愚かなわたしを見下すようなその口元が、
にくくてにくくて仕方がない。






「やから言ったやん。ボクだけを見てればええって」






この世のすべてのふこうを投げつけたいほど。
わたしのくるしみもいたみもかなしみも全部おわせたいほど。






「ボクだけを信じたらええって」





にくくて仕方がないはずなのに、




「なあ、ちゃん」





急にそんな憐れんだ目で。やさしい声で。





「……?」





わたしをみつめないで。

わたしのなまえをよばないで。























ふりほどきたいはずなのに、




ふいに抱きしめられた温もりで
どうにかなってしまいそうだった。
いまはあなたの温もりがいたいほどに、ここちよい。





























(ねつぞうギンさん。 20070919)