どん、っと鈍い音がした。
その音を立てたのはどう考えたってあたしだったけど、なんだかとっても他人事だった。
ほんもののあたしはどこかとおい場所からにせもののあたしを見つめているんだ。そんな感覚。
(自分でもよくわからない)
確かにあたしの背中はじんじんと痛い。
壁に叩きつけられた背中も、ぎゅっと握られている右肩も、だいぶ前からどこにあるのかわからない不
確かな心も、あたしを見つめるあなたの視線も。
いたい。いたいんだ。
だけどもその痛みを感じているのはほんとうにあたしなのだろうか。
きっとほんもののあたしはどこか安全な場所で隠れているんだ。
にせもののあたしにいたみもくるしみもにくしみもすべて押し付けて。
だって、あたしは卑怯だから。
あなたの瞳から光が消えて、右腕がおおきくふりあがった。あたしはぎゅっと目をつぶる。ああ、殴ら
れる。そう思った。
どうせならもうあなたの手ですべて終わらせてほしい。自分ではどうすることもできないの。
あなたの言ったとおり、あたしはやっぱり卑怯だ。
覚悟を決めたはずなのに、あなたの右手はいっこうに届かなかった。
ゆっくりと目をあけると、うなだれているあなたがそこにいた。
ふりあげた右腕を静かに下ろし、震えたゆびでやさしくあたしの頬にふれた。
「どうしてあんなこと……」
「わからな、い」
残酷だな、は。呟くように紡がれたことばにあたしはどう答えたらいいのかわからなかった。
ただ判るのは、痛いと心は悲鳴をあげているくせに、はじめて見たあなたのこんな姿に少しだけよろこ
んでいる自分がいたこと。いつもは温厚なあなたが苦痛に顔をゆがめ、今にも泣き出しそうな表情をし
ている。
それはすべて、あたしが原因している。あたしのためにあなたはそんな表情をするんだ。
心の片隅でよろこんでいるあたしは、なるほど残酷なのかもしれない。
「愛しているんだ、」
あなたは許しを請うように呟いた。
それはどっちを?
ほんもののあたし?
にせもののあたし?
「だから…もう、何処にも行くな…っよ。行かない、で……」
「行かないよ。何処にも」
にせもののあたしが答える。
自分で発したことばなのに、とおくでだれかが発した声に聞こえた。
現実と非現実の狭間で、
あたしはいったいだれなのだろう。
目の前のあなたはほんもののあなたなの?
あたしはいったい何処にいる?
あなたはいったい何処にいるの?
(狂ってるかんじ 071114)